SAT-055 櫻井里花「竜吟の夜明け」

ライナーノーツ by プロデューサー・石田ショーキチ

初めて櫻井里花の歌を聴いたのは2016年か2017年の町田ノイズで、僕のライブに前座で歌わせてほしいと当時の彼女のマネージャーのハッセ君から連絡があり、面白そうだったので快諾、当時から斬りかかるような歌に圧倒された覚えがある。その後所属先を離脱し、自分自身で作曲作詞をはじめたと思ったらあれよあれよという間にアルバムを作ってしまう。2022年に群馬県前橋市で再会し共演した際にこのCDをもらったわけだが、なかなかパンチがある作品だったけれども実際にライブでの殺陣のような歌からしたらもっとやれるでしょうと思わされた。そんな経緯でウチでアルバム作らんかねと誘うに至った。

時々言われることなのだが、「弾き語りだけなんですね、バンドアレンジとかしないんですか」という質問。弾き語りだけで録音することがまるで手を抜いているとでも言いたいのか、もっとちゃんとやりなさいよ的な。ハア。よく考えてみたまえよ、歌とギターだけで世界が完成していてその歌が掴み掛かるように襲いかかってくる殺傷力を持っているというのに、わざわざ無駄なアレンジを施して念の伝搬速度を遅くしてそれがいったい何になるというのだ。そんなものは櫻井の音には不要である。今のところ、ですが(笑)。

弊社の作品はこれに限らず基本的に一発録りで録音するのだが、櫻井は音感・リズム感共に非常に優れたものをもっていて、たとえばワンテイク録音した際に1箇所だけちょっと修正したいところがあるとする、その少し前からそのテイクをプレイバックしながらそれに合わせて演奏(歌とギターを同時に)し、あるところからシレッと録音していき、修正したい箇所が取れたらそのままRec状態を抜いてプレイバックに戻すと、寸分違わず同じリズムで元のテイクに戻る。さっき演奏したテイクとまったく同じタイムで演奏する。因みに私の方針としてよほど必要としない限りレコーディングにクリック(いわゆるメトロノーム)は使用しないので、なんの指標もない状態でギターを殴るように弾いて刺すように叫び、最初のテイクと寸分違わず同じタイムで戻ってくる。かなりの芸当である。

そんな感じなのでどの曲も2〜3テイク歌っただけで完成する。時間をかけるのは実際に録音に入る前の細かい擦り合わせで、あーでもないこーでもない、ここは大事にしたいから変えたくない変えられない、ならこうしたらもっとダイナミックになるんじゃないか、ああそうですね、けどだったらこっちをもっと、、、、みたいな、弾き語りの一発録りだからってアレンジしないわけじゃなく、かなりみっちり時間をかけている。ここで大事にしているのは言うまでもなく最も殺傷力のある歌、演奏にするために何が必要か、という、精錬の作業である。

本作品、2曲目の「打焔陀螺」と5曲目の「日々の泡」は町田ノイズに於けるライブテイクを採用。これは同じ一発録りならスタジオより観客を目の前にしたライブの方が本気度が上がるのではないだろうかと考えて行ったライブレコーディングから。アプローチのバリエーションをつける意味で私は3曲目の「かげふみ」でピアノ、6曲目「七つの子」でギターを弾いてはいるが、基本的に櫻井が一人で弾き、同時に歌っている。この歌から迫る念、明日に向かって生きる覚悟、同意や共感を求めはしないが決断を突きつけるような強さ。存分に味わった後、貴方の人生に何か少し見える景色が変わったとしたら、私はとても嬉しいのです。

 

櫻井里花による全曲解説

1.竜吟の夜明け
劇的な変化をもたらした竜の咆哮と共に我が夜はひらくのだ!えいや!背に乗ってどこまでも〜!

2.打焔陀螺
お祭りの、なんだかちょっと違う世界の扉が開きかけちゃってるあの空気が好きなので、その雰囲気をつかみたくてつくりました。和太鼓のリズムを意識しています。

3.かげふみ
くらい夜の帰り道や玄関を開けてまっくらな部屋、思い悩んでいる時の布団の中などなど、おちこむ気持ちを加速させる状況は毎日に山ほど転がっているし、そんな時に無理にあかるい曲を聴くと苦しくなりませんか わしはなる。

4.バンテージ
一番がまずできて、なんだこの曲は絶対にボクシングとかそういうところに向かうべきだと何故だか感じて、格闘技大好き母殿にそんな映画ないですかと聞いたところ『the wrestler』と『あしたのジョー』が候補にあがった。あらすじをみて『the wrestler』ひとり上映会を決行。これだとおもった。歌いながら、死力を振り絞ってロープから飛ぶ姿が脳内で反復します。

5.日々の泡
たしか、環境の変化が己の無力さを浮き彫りにして落ち込んでいた頃にこの曲をつくったような気がするのですが
感情の切り替えが下手なりに、ひとつずつしっかり名前をつけて、整理して飲み込めたら先にすすめばいいよね、と自覚した頃でもありました。

6.七つの子
七つの子というあの有名なからすのうたがふと気になって、この歌に関する考察をいくつか読んだことがあります。そこからイメージがひろがって、元を辿ればみな繋がるのかな、なのに世界は争ってるな、そういえばあの漫画勇気くれたな、とかぐるぐるしているうちに完成です。

7.何があろうとも
度々曲が作れなかったりして落ち込む時期が来ます。できないと自分を責めるのはとても辛いので、できないときにはできないことをそのまま書こう!で、出来上がった曲です。
どう転んでもどうせ苦しいなら、わしはたたかって苦しみたいと思えるつよさがほしいです。

8.衝動
根底は『何があろうとも』と似ているかもしれないです。それを受け入れたあとに前向きになったり焦ったり焚き付けたりで曲が変わるんでしょうか…。押さえつけられているみたいに起き上がることすらできない時間、自分だけが取り残されていくような感覚、どうにかして抜け出したくて無理やり腕を地面につかせてからだを持ち上げ、半径1メートルが世界の全部に思えてしまったら、考えるよりも先に、ひとまずそこからすこしでも体を脱出させるのだ!俺よ!

9.砂の剣
はりぼても突き通せばほんものになると信じたかった。砂でつくった己の剣、もとよりなくとも構わない、いちから作り上げて磨き続けると決めたこの武器と共に、どこまで道を切り拓いていけるのかを試したい。

10.花咲くを待つ
町のスーパーの割引は18:30くらいからそろりとはじまって、お惣菜コーナーには遠巻きに人が集まります。お得大好きなわしは嬉々としてスーパーに行くのですが、そこでばったり知人と会うとちょっときまずい。半額のお弁当を入れたカゴ、隠そうとした自分がきもちわるくてずっとしこりとなり。ふつうってなんだろう。ふつうに達せない自分がわるいなんてどうして思ってしまうんだろう。
きっとだいじょぶ、そのうち胸を張れると言い聞かせて。

11.独壇場
いまここで現状維持を目標にしたら終わりだと感じ続けていたはずなのに、どうして動けずにいたんだろうか。なにかがぷつっといって、これが腹を括るということなのか?はたまた考えなしの猪突猛進野郎か?どちらにしても、ゆるやかな下り坂をゆっくり歩くのは性に合わない。できるもできないもはっきり教えてくれるそりたつ壁のほうがわし好みである。